IT部門終活のススメ 第1回 私が考えるIT部門の終活とは?

「極言暴論」の日経コンピュータ元編集長木村岳史氏に敬意を表して

 

日経コンピュータ元編集長で現在も日経コンピュータ編集委員を務める木村岳史さんが新著を上梓された、タイトルは「SEは死滅する」。なんとも挑発的なタイトルだが、これは日経ITProで賛否が飛び交いながらも大人気のコラム「極言暴論」の内容を再編集したものだ。

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「極言暴論」は企業のIT部門、ITベンダー、について文字通り辛口でいろんな批評を展開したものだ。IT業界に刃を向けているという人もいれば、IT業界を愛すればこその愛のムチであると評価する人もいる。私はもちろん後者だ。

そして、今回の「SEは死滅する」は、いきなり「IT部門終活のススメ」という節からスタートする。そう、人生の終わりに向けていろんな準備をしておくあの「終活」だ。同じことがIT部門に必要だと説いている。
実はこの「IT部門の終活」というキーワードは私が考え出した。木村さんといろいろと議論しているときに「IT部門の終活」という考え方を披露して、これはおもしろいと木村さんに記事にしていただいたのだ。
⇒日経ITPro ~極言暴論~「寿命が尽きるIT部門に「終活」のススメ」はこちらを参照

考案者として私の名前まで出していただいて大変光栄であるが、IT業界でご飯を食べている私としては、ちょっと怖気づいてしまう感じなのだが、今回の著書「SEは死滅する」でも改めて取り上げていただいたばかりか、なんと冒頭に持ってきて、「IT部門の終活」というキーワードから木村さんの毒舌が、いや、極言暴論が口火を切るスタイルになっている。しかも、帯にも「IT部門の終活」という言葉と、ごていねいに「炎上覚悟」という宣言まで書いておられる。
私の方は炎上覚悟の心づもりなど毛頭ないのだが、ここまで名前を出していただいてしまっているので、少しは勇気を出して、12年間IT業界で仕事をしてきて思うことを語っていきたいと思っている。

10年後は、IT部門がなくなる企業と存続する企業に2分化

 

私がなぜ、IT部門に終活が必要と考えたのか?実はさまざまな意味合いがある。IT部門の終活は、職務における専門性とは何か?企業における間接部門の役割とは何か?リーダーの役割とは何か?そもそも日本企業の経営スタイルはこのままでいいのか?といった広範囲の問題に関係してくることであると思っている。

まず、終活というからには「終わる」ということだが、つまりIT部門がどうなるのか、私が描く未来図はこうだ。
私は今後10年間で、IT部門の位置づけは2つのタイプに2分化すると予想している。
勝ち組企業では、基本的にITを企画・開発する機能は業務部門が持つ。事業システムであれば事業部門が、間接業務システムであれば経理や人事部門が企画し、開発ベンダーと直接やり取りするか、パッケージソフトを買ってくる。今のIT部門のようにITという軸で、横串で全体にコミットするのは、本当にインフラの部分だけに限られるだろう。しかもそれは購買部門の1チームかも知れない。
一方で、負け組企業では、従来と同じようにITという軸でさまざまな部門とかかわり合う専任部隊が存続する。IT部門が存在することは、将来的には負け組企業の代名詞になるだろう。

なぜ、そうなると考えるのか。IT部門不要論の背景として、以下のようなことが、木村さんだけでなく、既に多くの人から指摘されている。

・事業部のITリテラシーが高くなる一方、さまざまなITサービスの利便性が増し、事業部主導のITがいっそう拡大する
・ITプラットフォーム技術が進化するにつれて移行もしやすくなる
・企業のBPOがさらに進み、ITに限らず共通業務はいっそうアウトソースされる

特に1番目の事業部主導のITが加速していることは、すべてのIT部門が実感していることだろう。しかし、木村さんも再三指摘しているように、「シャドウIT」という言葉で事業部門主導のITにネガティブなイメージを植え付け、「ITガバナンス」という錦の御旗でIT部門はこれに反撃を試みている。

「シャドウIT」とか、「ITガバナンス」というキーワードを使われてしまうと、事業部主導のITになんとなく背徳の匂いを感じさせてしまう。
実は、木村さん流に言うと、IT部門の寿命はとっくに尽きてしまっているのだが、IT部門を延命させているのは、日本式マネジメント風土にあると私は考えている。

 

IT部門を延命させる日本式マネジメント風土

 

私は、最近海外でのファシリテーションなど、海外と仕事をすることが多くなってきているのだが、日本企業はやたらグローバル化と謳う割には、日本式マネジメント風土をいっこうに変えようとしていないことに改めて気づかされる。

・やたら管理職が多い
・管理職は決裁権限を持たずに、決裁の関所役になっている
・部長なのに戦略を考えることがミッションになっていない
・なんでも経営会議で合議制で決める
・ビジネスのスピードよりも社内調整を優先する

これらは日本式マネジメント風土の典型的な特徴だ。

「海外の企業では、業務の標準化が進んでおり、コーポレートガバナンスが徹底されている。だから日本のグローバル企業ももっと業務を標準化させ、コーポレートガバナンスを強化しなければならない。」日本のグローバル企業の経営者はよくこう言う。理屈としてはたしかにそうだが、それを日本式マネジメントでやろうとすることに間違いがある。結局よけいな仕事を作り出すだけで、それが、IT部門の延命に手を貸すことになる。

日本では、ERP導入というのはいろんな業務部門の人間を駆り出し、業務改革を伴う一大経営イベントだが、海外では、言ってみればパッケージ製品を買って来て配布するだけのことだ。
海外では、業務の標準化というのは、誰もが「こっちの方がラクで合理的だよね」というものを横展開するだけで、日本のようにカイゼンを重ねたもっともいいやり方を共有しよう、なんてしんどいことは考えない。

グローバルポリシーを浸透させようとしても、言うことを聞かない現地法人があれば、日本の場合わざわざ現地に足を運んで説得しようとするが、海外ではそんなことはしない。言うことを聞く人間にクビをすげ替えるだけだ。そんな権限がなければ説得にムダなエネルギーを使わず、勝手にやらせる。ダメなら会社ごと売ってしまう。
日本では、経営の意思決定を強化するために経営データの見える化に一生懸命取り組んでいる間に、海外では短期的な業績の判断で経営者が何代も入れ替わる。

日本がSOX法を変に解釈して内部統制で、それでなくても意思決定が遅いマネジメント体制をよけいにがんじがらめにしている間に、欧米では企業システムのクラウド化がいっきに進み、ビジネスの機動性をぐんと高めた。

日本でもマネジメントの大変革が起こる

 

私は何でも欧米式のマネジメントがいいとは思わないが、意思決定のしくみがシンプルであるがゆえに、ビジネスのスピードが速くなることは否定しがたい。ITの恩恵でオペレーションのスピードではグローバルでの差がなくなってきた昨今、日本式マネジメント風土による意思決定の遅さが、グローバル競争での大きな敗因になりつつあることは確かだ。
今のIT部門は、そんな日本式の複雑な意思決定システムを支えることで生存領域を確保している。イノベーションをもたらすはずのITを司るセクションが、イノベーションに背を向けることで延命されているのは、なんとも皮肉な話だ。

しかし、さすがに「これはまずいんじゃないか」と日本の経営者も感じ始めている。日本企業の歴史をふり返ってみると、日本企業の経営者は、10年に1度くらい、欧米がやっていることを、数年あるいは十数年遅れで、ある日突然右に倣えで一斉にやり始める。CIブーム、成果主義導入、執行役員制度、CSRなどなど。
今後10年以内にマネジメントのしくみの大変革が起こる、今はそんな臨界点に達しているのではないかと思っている。
マネジメントのしくみ、つまり意思決定のしくみがシンプルになると、これまでIT部門が担ってきた領域は劇的に縮小するだろう。逆に言えば、マネジメントの大変革が起こらなければIT部門は安泰だ。いや、その場合日本企業そのものが衰退しているだろうから、IT部門だけ安泰というわけにもいかないだろう。

だから私は、日本企業が再びグローバル市場で華々しい競争力を取り戻すという明るい未来が、必然的にIT部門の解体をもたらすと考えている。逆の視点で考えると、IT部門自らがマネジメント変革に乗り出すことができれば、IT部門解体を代償にして、企業の競争力を高めることになるはずだ。そのような前向きなイノベーションこそが私の考えるIT部門の終活なのだ。
それでは、そんな前向きなイノベーションの仕掛け人として、IT部門の終活をどう進めるのか?次回以降私の考え方をお話したい。

(文責 ナレッジサイン 吉岡英幸)

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