組織変革ファシリテーション詳細事例【厚生労働省補助事業/介護業界における人材確保推進のためのワークショップ】

ナレッジサインでは、平成26年度の厚生労働省補助事業の一環として実施された、介護業界の人材確保を推進するための組織変革プランを考えるワークショップのプログラム設計と全体のファシリテーションを行いました。その内容をご紹介します。

ワークショップ実施の背景 ハンズオンでの変革支援

介護業界では、高まる需要に対して恒常的に人材が不足していることが大きな課題となっています。人材の採用・定着のためには以下のことが必要です。
・採用活動の改善
・人事の諸制度の充実
・経営やマネジメントの改善
これまでも、各事業者や事業者団体が個別にさまざまな取り組みを行ってきており、それらの取り組み事例を調査し、各事業者が参照しやすいように公開することで、介護業界の人材確保を支援することが厚生労働省の調査研究事業の主な役割でした。

しかし、成功事例を共有するだけではなかなか組織変革は進みません。そこで、各事業者の人事・採用に関わるキーパーソンを集めて、実際に各事業者の変革プランを作らせる試みを、ワークショップを活用して行うことになりました。言ってみればハンズオンの変革支援です。
ナレッジサインでは、このような「組織変革」を目的にしたワークショップのファシリテーションを数多く手掛けており、その実績を評価され、今回の補助事業のワークショップのプログラム設計と全体のファシリテーションに携わらせていただくことになりました。

人材の採用・定着のためには、上記のように採用のテクニックだけでは大きな成果は望めず、やはり経営やマネジメントの変革を伴う大きな組織変革が必要になります。
今回は、各事業者の人事・採用に関わるキーパーソンを集めて、以下の要領でワークショップを実施しました。

・対象:介護事業者の役員、あるいは人事責任者、現場の施設長層
・参加人数:34社/37名(7グループに分けて実施)
・実施期間:2015年1月~3月にかけて計3回のワークショップを実施

プログラム設計 3回のワークショップを有効に使って段階的なゴールを設定

参加者は必ずしも経営者ではなく、どちらかというと人材採用、人事業務の現場の責任者です。経営の改善につながるようなテーマを自分の意思だけで決定することはできません。
また、現場で仕事をしながら、人材確保のための課題を実感知として理解しながらも、さまざまな制約の中で改善が進まない現状も知っています。
そのような環境の参加者の方々と組織変革について中身の濃い議論をし、実行可能な変革プランを描いていくためには、ワークショップを進行するうえでの工夫が必要です。
我々は特に以下のような点に留意してワークショップのプログラムを設計しました。

●3回のワークショップの機会を有効に生かし、少しずつ議論の質を上げていき、段階的にゴールに達することを目指す
●計3回の開催期間中に確実に実行できるシンプルなアクションプランを作り、ワークショップの中でPDCAサイクルが回せるようにする
●ワークショップ参加者同士の知見をうまく共有し、結束力を高めることで変革のマインドを強化する

下図のように、「知識面」、「行動面」で変革プランの質を段階的に上げていき、最終的に、より本質的な課題に対して、本気の行動の伴った変革プランを描いていきました。

ファシリテーション体制 内部ファシリテーターを活用したグループファシリテーション

今回は、総勢37名のワークショップとなり、5~6名の7グループ構成となりました。
ナレッジサインの代表 吉岡英幸がチーフファシリテーターとして、全体のファシリテーションを行いましたが、各グループをていねいにファシリテーションすることは難しいので、各事業者から選抜した8名の方をファシリテーターとして養成し、各グループに一人ないし二人がファシリテーターとして付いていただくことになりました。

このファシリテーターの方々は、いずれも人材採用や人材開発に携わって来られた方々ですが、ファシリテーションは初めての経験です。そこで、内部ファシリテーターを活用したワークショップをうまく進行させるために、以下の点で工夫を行いました。

●グループワークではシンプルなフレームワークを活用して、各グループが同じ粒度で議論できるようにする
●事前にファシリテーター養成研修を実施し、そのフレームワークを使った議論の予行演習を行い、フレームワークの使い方の認識を共有しておく
●チーフファシリテーターが、各グループの議論の重要な局面に介入し、内部ファシリテーターをサポートする

特に、今回は、グループワークでの議論を同じ粒度、クオリティで行うために、シンプルなフレームワークづくりに配慮しました。
事前のファシリテーター養成研修で予行演習をするとともに、ワークショップの実際の議論で想定されるポイントをマニュアル化する工夫もしました。

ナレッジサインとしても、初めてファシリテーションをする内部ファシリテーターを使って、このような規模のファシリテーションを実施することは初めての経験でしたが、内部ファシリテーターの潜在的なスキルの高さと、意欲、そして上記のような仕掛けによって、参加者の高い満足を得られるワークショップを実施することができました。

第1回フェーズ1 「ないないづくし」でネガティブな思いを吐き出させる

ワークショップ第1回の最初のフェーズでは、人材採用・定着について何が課題なのかを、各参加者に挙げていただきました。
ナレッジサインの組織変革ファシリテーションにおいて、ポジティブな変革プランを描いていく際に重要視していることは、「最初からポジティブなプレッシャーを与えないこと」です。

ビジネスの現場では、人間は常に、「ポジティブに考えないといけない」というプレッシャーにさらされています。このような中で、ファシリテーターから、ごもっともな論調でポジティブな姿勢を求められると、心の中では自信を持てないまま、「ポジティブに考えなきゃ」という意識が先行して、実行性の低いアクションプランを描いてしまうことがあります。
これでは内発的動機に裏付けられた本気のアクションプランにはなりません。

そこで、ナレッジサインでは、必ず最初にネガティブな部分を吐き出させるようにしています。最初はグチでも、傷のなめ合いでもいいのです。最初に全員がネガティブな部分をお互いに承認し合うことで、初めて安心して自分とポジティブに向き合うマインドが生まれてきます。

最初のフェーズで、人材採用・定着についての課題を挙げてもらううえで、課題を

・採用活動の改善
・人事/労務活動の改善
・経営の改善
・業界環境の改善

という4つのカテゴリーに分けて、できていないこと、今はまだないことを付箋紙に書いて、挙げていただきました。

この時にアウトプットの表現を「~がない」、「~ができていない」という風に「~ない」で統一します。これをナレッジサインでは「ないないづくし」と呼んでいます。

下図は、参加者に実際に書いていただいたものの代表的なものを挙げた例です。このように「~ない」と表現を統一するのは、ファシリテーションするうえで重要なポイントになります。
表現が自由だと、それぞれが同じようなことを違う表現で書いてしまい、発散して見えてしまいます。また、視点も異なり、問題現象や原因が混在しやすくなります。
「~ない」という風に表現を統一することで、問題現象を顕在化しやすく、同様なものも見分けやすくなります。さらに、直感的に考えることができるため、より思いの強い意見を表出しやすくなります。

第1回フェーズ2 インフルエンサーとして自分にできることは何かを考える

参加者から出た課題は、下図のようなマトリクスで「影響度」、「解決難易度」の軸で分類してみます。付箋紙の色は、「採用活動の改善」、「人事/労務活動の改善」、「経営の改善」、「業界環境の改善」の各カテゴリーで色分けされています。
このようにして見ると、「経営の改善」、「業界環境の改善」といったカテゴリーの課題ほど解決難易度が高いものとして位置づけられることがわかります。

このような課題認識は、介護業界や人材確保をテーマにした場合に限らず、あらゆる組織の問題として共通しています。ここで重要なことは、
「経営や業界の問題は、経営者じゃない自分がどう頑張っても限界がある。経営者に何とかしてもらわないと」と他責の発想になるのではなく、
「自分でも何かできるのではないか」と、自分の取り組むべきこととして、発想させることです。

ナレッジサインでは、こういう場合に、1つの課題に対して「コントローラー」、「インフルエンサー」という風に役割を2つに分けて考えるワークを取り入れています。

コントローラー:意思決定権を持ち、支配的に物事を進めることができる
インフルエンサー:意思決定権はないが、他者に影響を与えることで物事を進めることができる

たとえば下図のように、「人事専任職がいない」、「キャリアパスがない」といった課題は、人事異動や組織改変がからみ、担当者では意思決定できません。しかし、そのための試案を作ったり、意思決定に必要な情報を整備したりすることはできます。
このようにして、自分が意思決定権を持つコントローラーではなくても、影響を及ぼすインフルエンサーとして何ができるかを考えさせることで、徐々に自分が変革の当事者になる意識が芽生えてきます。

 

第1回フェーズ3 1カ月で実行可能なシンプルなアクションを決める

本ワークショップは、1月、2月、3月と各1回ずつ計3回開催され、第1回から2回、第2回から3回の間はちょうど1カ月の間隔が空きました。
そこで、第1回の終わりには、1か月後の第2回までに実施する、人材確保のための具体的なアクションを決めるワークを行いました。
ここでは、下図のように、先に挙げた課題の中から短期的なもの、中長期的なものをそれぞれ1つずつ選んでもらい、それに対する解決アクション、キーパーソンとして巻き込む社内の人材、具体的なアクションの3ステップという形でアクションプランを描いていただきました。

このアクションで重要視したのは、問題解決に対する有効性ではなく、アクションそのものの実現性でした。
組織変革ファシリテーションで重要なことは、大きなことをめざしてハードルの高いアクションに挑戦させることよりも、着実に実行する成功体験を味あわせることです。シンプルで、難易度の低いことでいいので、確実に実行することに意味があります。
実際に挙げていただいたアクションプランには、有効性としては少し疑問なものも多くありましたが、最初のステップとしては、有効性にはこだわりませんでした。

一方で、1か月後のゴールの定義では、「実行したかどうか」がはっきりわかるようにすることにこだわりました。
「経営理念が現場に浸透している」という表現では、実行できたかどうかが曖昧になります。
「経営理念を浸透させる勉強会を実施する」とすれば、実行できたかどうかが、はっきりします。
そうすることで、実行できたときに達成感を得られ、1か月後に集まったときに、グループメンバー間で成果を共有しやすくなります。
そのようにして、ワークショップの第1回を終えました。

第2回フェーズ1 アクションしてみることによる気づき

1カ月前の第1回ワークショップの最後に、人材確保に向けてのシンプルなアクションを各参加者が決定しました。第2回ワークショップの最初のフェーズでは、1カ月のアクションの経過をふり返りました。

下図のように、アクションを実行しようとして「うまくいったこと」、「うまくいかなかったこと」、「アクションを通して気づいてこと」を共有していきました。
自分が決めたアクションを宣言通り実行できた方は、参加者全体の半分ぐらいに留まりましたが、ステップ1~3の何もアクションが進まなかったという人は、ほとんどいませんでした。

アクションプランで予定していた採用広報の実際の原稿を持ち寄ったり、職員に対するアンケート結果を持ち寄ったりするなど、1ヶ月のアクションの成果物を共有することで、この1カ月の大きな変化を互いに実感していました。
アクションによって得られるものは、そのような成果だけではありません。

今回アクションプランを決める際に、「キーパーソン」という項目について考えていただきました。組織変革というものは、一人の力だけで進むものではありません。発火点となる方が、インフルエンサーとして、他の方を巻き込むことで、変革の輪が広がっていきます。
特に、今回、アクションに際して他者を巻き込んだことで、

「意外にみんな協力してくれた」
「管理職がどうしても壁になる」

などと、社内の関係性の中で新しい気づきが多くありました。これらは、まさにアクションをしてみることで初めて気づくことです。

第2回フェーズ2 課題を構造的にとらることで実行課題が見えてくる

組織変革は、その目的に向けて実際に行動していくうえで本当の課題が見えてきます、これを我々は「実行課題」と呼んでいます。この実行課題こそが、変革のために乗り越えていかなくてはならない部分です。
1カ月のアクションにおける「うまくいかなかったこと」の振り返りの中で、改めて変革を難しくしている真の課題が見えてきました。そして、それらの課題は、既に第1回に挙げた課題の中に多く含まれているものでした。

問題と原因はそもそも階層構造になっており、なんらかの問題はなんらの原因になっている、という具合に、常にツリー上に問題と原因が連なっていきます。
つまり、なんらかのアクションを実行していくことで、課題が点ではなく、線で、とらえられるようになっていくのです。

下図のマップは、各グループから出た共通の課題を全体としてまとめたものです。このマップのように、それぞれの課題は互いに関連し合っています。マップの全体像は、どの組織においても共通している部分が多くなりますが、どの課題にもっとも改善すべき余地があるかは、組織によって異なります。
フェーズ2で、課題を構造的にとらえることで、人材確保のための組織変革を実現するために必要なことの全体像が見えてきます。

第2回 フェーズ3 各グループで実行課題解決の知恵を結集

これらの実行課題を解決していくためにどうすれば良いのか?そのブレークスルー策を考えるために、各グループに1つずつテーマを選んでいただき、各グループ単位でブレークスルー策を考えていただきました。
先ほど述べたように、各組織によって核となる課題は異なるため、参加者一人ずつが個別に取り組むべきテーマを持っているわけですが、グループで1つのテーマに対して解決の知恵を結集することで、一人で考えるよりも、はるかに創造的に課題解決の思考プロセスが進みます。

7つのグループが、7つのテーマに対して、掘り下げたブレークスルー策を考えることによって、人材確保における代表的な7つのテーマに対するベストナレッジ集が出来上がるわけです。これらは、各個人のアクションプランの中にも反映されるものになっていきます。
まさにワークショップにおける集合学習の利点です。

そして、全員で1つのテーマに対して知恵を絞ることで、グループ内の結束がより強固なものになっていきました。それは、第3回における、各個人の変革プラン作成を後押しするものになっていきました。

第3回フェーズ1 1年後に向けたシナリオマップづくり

第3回のワークショップでは、これまでの議論を踏まえて、各参加者が1年後を目標に、人材を採用・定着できる組織として、どんな状態になっていたいか、というゴールの姿を描き、そのゴールに向けたシナリオマップというものを作りました。

下図のように、1年後のめざす姿を一番上に置き、そこに至るまでの課題を、「~がある」、「~ができている」という表現で付箋紙に書き、マップ状に貼り付けたものがシナリオマップになります。
そして、その課題の中でも、もっとも核となるであろう課題を「キーワファクター」として特定しました。
このシナリオマップの内容は、俯瞰して見てみると、共通項の多いものになっています。ただ、それぞれの課題の結びつき、また、何がキーファクターになるかは、各参加者で異なります。
そして、何より、第1回、2回の議論を経て、自分のシナリオマップを描くことで、それぞれの課題に対する腹落ち感が大きく前進していました。

 第3回 フェーズ2 全員で全員のキーファクター対策を考える「スパイス」

今回のように、いろんな事業者が参加する合同型のワークショップでは、最終的な成果物として、各自が自分の組織に持ち帰って実行できるプランをしっかりと作成していただくことが必要になります。

一方で、各個人のプランを他者との議論の中で作っていくメリットは、以下のポイントにあります。

・他者の知見を取り入れることができる
・協働作業によって各個人のプランをブラッシュアップすることができる
・互いに励まし合うことで、変革への意識を高めることができる

ワークショップとしての工夫は、他者との協働が生み出すプラス要素をうまく個人のプランに盛り込むことです。そこで、ワークショップの最後では、個人作業による成果物を作成する際に、協働作業の結果をうまく反映させられるように、各個人のキーファクターに対する対策を全員で考えるようにしました。
最後のセッションでは、キーファクターに対する解決のアクションプランを作成するのですが、ここで、グループの全員が、他のグループメンバーのキーファクターに対しても解決アイデアを出すことにしました。
ワークショップでは、それを「スパイス」と名付け、各個人のキーファクターに対するアクションプランが、他者の「スパイス」をうまく取り込んで出来上がっていく、という形にしました。

そうすることで、お互いのアクションプランに対するコミットの意識が強くなり、グループの全員が真剣に他者のアクションプランをブラッシュアップするようになりました。

さいごに

今回、継続的に3回のワークショップを実施するというスタイルを取ったことで、段階的に議論の質を上げていき、実効性のある変革プランニングをファシリテーションすることができました。
また、シンプルなフレームワークでファシリテーションのハードルを下げることで、内部ファシリテーターがうまく機能して、満足のいくファシリテーションを提供することができました。
このようなアプローチは、介護業界や、人材確保のテーマに限らず、あらゆる業界、テーマで応用可能だと思います。今後もさまざまなファシリテーションのチャレンジを手がけていきたいと思います。

※今回のワークショップを中心とした補助事業全体の報告書はこちらをご覧ください。(報告書は本事業の受託元の日本総研様より発行されています)
平成26年度老人健康保健増進等事業「介護人材確保のために事業者等が行う効果的な取組みに関する調査研究」報告書

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